Music is my religion.

音楽のこと。アメリカ生活のこと。

筆者の音楽遍歴 Part2

高校生時代

 

三浦大知の全ツアーに母親と2人で参加する。相変わらず、音楽についての1番の話し相手は母親である。

 

 

当時付き合っていた人の影響でR指定ゴールデンボンバーなどのV系バンドに少し触れる。(他人の好きなものに染まりやすい為、影響をとても受けやすい。)

 

 

三浦大知安室奈美恵の楽曲の作詞作曲をしているNao'ymtの信者となる。同時に彼の所属しているR&BコーラスグループであるJINEのLIVEが行われるまで生き続けることを決意。

 

 

人生で初めてクラブに行く。DJ KOMORIの楽曲とプレイに影響を受け、ますますR&Bに傾倒するようになる。EDMにも興味がでてくる。大学に入ったらDJを始めることを決意。(DJを始めればモテるだろうという不純な動機は無きにしもあらず。むしろこれが1番の理由であろう。)

 

 

同級生の影響により、パスピエ相対性理論などのサブカル系の音楽や文化に興味を持つようになる。兄の部屋にあったベースを使って何度か演奏を試みるも、兄に激怒され心が折れて挫折。

 

 

UsherOmarionの影響で洋R&Bを聴くようになる。ブラックカルチャーに興味を持つようになり、毎日のほとんどをGoogle先生Youtubeに時間を費やす。

 

 

身内界隈で高校生Rap選手権が流行る。同世代ということもあり、大きな刺激を受ける。勝手にT-Pablowをライバルと決める。(登下校のバスの中ではビート無しでのぐだぐだのRapバトルが度々勃発。)

 

 

漫画NANAの影響でSex Pistolesにハマる。シド・ヴィシャスに憧れパンクに生きようと決意。自分とは別世界の生き方であるとすぐに自覚し、早々に挫折。

 

 

日本語Rapに傾倒する。日本語Rapを聴きながら街中を歩いている時だけ世界で1番最強なのは自分であった。

 

 

大学生時代

 

宣言通りDJを始め、クラブに入り浸るようになる。いつかのプレイ中にお酒を飲みすぎて音を止めてしまう事件勃発。フロアの熱が冷めると同時に自分の酔いも一瞬で冷める。もう二度とプレイ中にお酒は飲むまいと決意。

 

 

自分で聴きたい曲は自分で作るのが手っ取り早いんじゃないかと思い、作曲を始める。今まで楽譜がオタマジャクシにしか見えなかった当時の私には「コード進行?なにそれ?美味しいの?」状態であった。自分の声で歌入れできる程の歌唱力は持ち合わせていなかった為VOCALOIDを使い始める。(巡音ルカ初音ミクを使っていました。)

 

 

作曲インカレサークルに入る。同世代たちの溢れる才能をこれでもかというくらい見せつけられいつものように挫折、ではなく一念発起。某動画サイトにあげまくる。いつも作曲時間よりも作詞時間の方が長かった。作詞の難しさを知り、西野カナを勝手に師匠と呼ぶようになる。

 

 

音楽活動を通して知り合った仲間界隈でクルーを作る。特にこれといった活動をしていた訳ではなかったが、色んなジャンルを専門としていた人が集まっていたので楽しかった。フォトグラファーやデザイナー、料理人(今考えれば不思議だよね。)とかがいた。メンバーの中には会ったことが無い人も数名いた。このクルーは後に自然消滅することになる。

 

 

急遽アメリカに行くことを決意。決意してから行くまでの期間は2ヶ月くらいだった気がする。最初、オレゴン州に滞在していたのだが、音楽好きのホストファミリーだった為、毎日新しい音楽に触れることができる環境であった。(ホストファザーは80、90年代のコピバンを組んでいた。)

 

 

滞在中に出会った中国人の友達の影響で洋HIPHOPと中国HIPHOPに目覚める。Kendric LamarMigosHigher Brothersにハマる。

 

 

サンフランシスコに引っ越し、レコード会社巡りをする。日本でもブラックミュージックを浸透させたいと思っていて1度話をさせて欲しいという旨を伝えたところ、幾つかの会社が快く承諾してくれた。話を聞いて私も頑張ろうと再度決意。

 

 

DeanDPR LIVEの楽曲のクオリティに大きな衝撃を受け、K-POPの凄まじい成長に気づく。日本の音楽は今までアジア界隈では日本の独走状態だと思っていたが、そんなことは無いなあと思うようになる。

 

 

帰国後、就活の準備が忙しくなってきたのでDJを辞める。引退パーティーのプレイリストに当時ハマっていたでんぱ組.incやアニソンをちょいちょい混ぜる。結構盛り上がったのに少しだけ怒られる。

 

 

自身の恋愛経験を基に渾身の1曲を作り上げる。全てを出し尽くし白く燃え尽きた為、作曲も辞める。未練が残らないように機材(Maschine mk2とI/OでApogeeのduetを使っていました。)を全て手放す。もう1度やりたくなったらきっとまた始めるだろうと思う。

 

 

さいごに

 

筆者の音楽遍歴は大まかこんな感じです。今回、名前を挙げることはできなかったけど影響を受けたアーティストは他にも大勢います。思いがけない時に素敵な音楽に出会うことが多かったように感じます。

 

 

次回なにを書くかはまだ決まってないです。留学中のことでも書こうかしら。

 

 

ではでは。